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nazonanazoのブログ

時事ネタに軽くタッチします

WWEディーバ チャイナ(ジョーニー・ローラー)さん急逝

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 世界最大規模の米国プロレス団体「WWE」に所属していた元女子プロレスラーのチャイナ(ジョーニー・ローラー)さんが急逝した享年45歳。

 米国現地時間の20日に、米国カリフォルニア州ロサンゼルスにあるレドンドビーチの自宅アパートのベッドの上で、チャイナさんが死亡しているのを友人が発見したという。

 

 

チャイナ(享年45歳)

 1970年12月27日、ニューヨーク州ロチェスター生まれ

 1995年にプロレスでメジャーデビューした。

 1997年にWWF(現WWE)に入団し、D―ジェネレーションX(DX)のマネジャーとして登場した。

 自慢の筋肉美と強烈なキャラクターを武器に男性レスラーを相手に抗争を展開し、トリプルHやショーン・マイケルズらとの名ユニットで大旋風を巻き起こした。

 

 WWE時代には、トリプルHとの交際が報じられたが破局したようだ。トリプルHはチャイナとの破局後に、ビンス・マクマホン会長の長女ステファニー・マクマホンと結婚し、ビンス会長の義息となった。現在はWWEの最高権力者にまで上り詰めている。

 

 チャイナさんは、トリプルHの友人でプロレスラーのXパックと婚約したが、その後破局が報じられた。

 

 2002年にWWEを退団し、ジョーニー・ローラー名義で新日本プロレスに参戦した。

 2002年5月の新日本プロレス主催の東京ドーム大会で、佐々木健介&棚橋弘至組×スタイナー・ブラザーズ組のタッグマッチで特別レフェリーを務めた。

 2002年9月からは、女子プロレスラーとして新日本のセルリアンブルーのマットに上がった。

 ムタとのシングルマッチを切望したが叶わず、代役的な感じではあったが蝶野との一騎打ちが実現した。蝶野戦の後に女子プロレスラーを(一時)引退した。

 

 プロレス界を引退してからは、タレントやモデルとして活動していた。

 

 2007年11月に、戸籍上の本名を「ジョーン・マリー・ローラー」から「チャイナ」に変更した。

 日本に来日した際に提出する入国書類や税関申告書に記された名前も「チャイナ」になっていたという。

 

 2008年4月のIGF大阪大会では、WWE時代のリングネーム「チャイナ」の名義に戻して立会人として参加した。

 

 2011年にはTNAでプロレスのマットに復帰したが、継続参戦にはならなかった。

 

 

 WWEを退団後に、IGF総帥・アントニオ猪木氏の助力によってプロレスラーとしての活動を再開した。

チャイナさんは、アントニオ猪木氏を

「私を救ってくれた恩人」

と持ち上げていた。

 

 

 

正真正銘のディーバでした

ご冥福をお祈りいたします